長年複数国籍について研究活動をされている武田里子先生から、日本の現況についてのご寄稿をいただきました。すでに2021年にWJWNに発表されているものですが、状況がよくわかるよう簡便にまとめられています。ぜひ多くの方に読んでいただきたく、こちらにも掲載いたします。
はじめに
この原稿では、日本国内の複数国籍をめぐる最近の動向について紹介します。「日本では複数国籍は認められていない」と言われていますが、国会答弁やいくつかのデータを元にすると、複数国籍者の数は100万人を超えます。その数が公式データで公表されていないのは、「国籍唯一の原則」を繰り返し、重国籍防止を最優先事項とする日本政府にとって「存在してはならない」からでしょう。
国連調査(2011年)によると、加盟196ヵ国中72%は他国籍を取得した時に、原国籍を維持することを認めています。複数国籍容認が国際社会のトレンドになったのは、「平等と人権への配慮、不可避だという諦観、そして二重シティズンシップの利益はその費用をはるかに上回るという多数意見が合わさった帰結」(クリスチャン・ヨプケ『軽いシティズンシップ』2013、岩波書店)です。
国籍法11条1項の違憲性を問う初めての訴訟
海外で暮らす人たちの人生を左右するもののひとつが、「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」と定める国籍法11条1項です。2018年3月、欧州在住の原告8名は、日本国籍を離脱する意思のない者からも日本国籍を剥奪するこの条項は違憲無効だと、東京地方裁判所に提訴しました。野川等氏(原告代表)は、「国籍法11条1項が違憲無効と判断されることが、日本の将来のために、特に日本の子どもたちのために有益な結果をもたらす」と主張しています。
原告弁護団は、複数国籍を認めてほしいのではなく、日本国籍を勝手に奪うな、と「国籍はく奪条項違憲訴訟」と名づけ、さまざまなキャンペーンにも取り組んできました。残念ながら、2021年1月の地裁判決は原告敗訴でしたが、原告は最高裁までたたかう覚悟です。6月29日に控訴審第1回口頭弁論があり、第2回期日は11月30日に決まりました。裁判資料やメディア報道、原告団に関する情報は、支援ネットワークのホームページでご覧いただけます。
重国籍防止を最優先事項とする国籍法制は、議会制民主主義の下では間接的に国民多数の支持を受けているということになります。1985年から2020年までに日本政府に対して国籍喪失届を提出した人は25,272人。人口に占める割合はわずか0.02%です。外国籍取得により日本国籍を喪失していながら国籍喪失届を提出していない人を含めても1%に満たないでしょう。当事者は、この条項によってキャリア形成や家族の平穏な暮らしを脅かされているのですが、日本で暮らす人たちがそうした問題を知る機会は限られています。立法府が国籍法改正に動くことは、今のところ期待できそうにありません。そこで期待されるのが司法の役割です。
今年3月、同性婚を認めないのは法の下の平等を定めた憲法14条に違反すると、日本で初めての違憲判決が札幌地裁で出ました。判決文には「圧倒的多数派である異性愛者の理解又は許容がなければ、同性愛者のカップルは、重要な法的利益である婚姻によって生じる法的効果を享受する利益の一部であってもこれを受け得ないとするのは、同性愛者の保護が、異性愛者と比してあまりにも欠けるといわざるを得ない」と書き込まれました。多数派の理解や許容を待つことなく、少数者の婚姻の権利は守られるべきだとする判決に勇気づけられました。同性婚も複数国籍の問題も、時代が変革を要求している課題です。グローバル化の中で、日本社会がどうあるべきかが問われているのだと受け止めるべきでしょう。
子どもたちをグレーな状況においておきたくない
私が国籍法に関心をもったのは、7~8年前に韓国と台湾で出会った日本人女性たちから「子どもをグレーな状況に置いておきたくない」と聞かされたのがきっかけでした。1984年に父系制から父母両系制に国籍法が改正されたときに、国籍選択制度が導入されました。これは、出生に伴う重国籍者は22歳まで(2022年からは20歳まで)にどちらかの国籍を選択せよ、というものです。韓国と台湾が民主化するのはどちらも1987年のこと。ですから日韓と日台の国際結婚の「大衆化」は、1990年以降になります。私が結婚移住者の調査を始めたのは、そうした人たちの子どもたちが国籍選択年齢に差しかかる時期でした。国籍選択は日本国籍を選択宣言するだけでよいのだという情報も一部には届いていましたが、「本当にそれだけでよいのか」、「子どもたちが問題に巻き込まれることはないのか」、という思いが「グレーな状況に置いておきたくない」という言葉に込められていました。
蓮舫議員の国籍騒動
こうした不安を現実のものにしたのが、2016年の蓮舫議員の国籍騒動でした。民進党代表(当時)の蓮舫議員が台湾との二重国籍状態だったのではという疑念が生じ、本人が自らの戸籍を公開するという異例の事態になりました。しかし、公職選挙法で定めている国会議員立候補者の条件は、日本国民であることと年齢制限(衆議院議員は満25歳以上、参議院議員は満30歳以上)だけです。二重国籍かどうかは問いません。実際に2007年7月の参議院議員選挙には、ペルーと日本の国籍をもつ藤森謙也氏(フジモリ元ペルー大統領)が国民新党の比例代表公認候補として立候補しています。当時のフジモリ氏はといえば、刑事被告人として、ペルー政府がチリ政府に要請した身柄引き渡しについての審査結果をチリのサンティアゴで待つ身でした。
蓮舫議員が責められるいわれはありません。また、私の知人の中には、外務省職員から「問題はないからそのままにしておきなさい」と助言された人や、アメリカ生まれだからとアメリカ旅券を申請したら「取れちゃった」という人もいました。ところが蓮舫議員の騒動後に実害が起きているとの情報が寄せられるようになりました。アルバイトの採用面接で国籍を聞かれた高校生が重国籍だと伝えたところ、「それって違法だよね」と不採用になっていたのです。この騒動を境に「重国籍=違法」というイメージと、「重国籍だなんて言えない」と当事者を委縮させる雰囲気が広がりました。
複数国籍の若い世代を委縮させてしまうのは、当事者も国籍についての知識が不足しているからです。上記の高校生が「国籍選択年齢は22歳です」と言い返せれば、不採用を回避できたのかもしれません。
国籍法をめぐる日本国内のうごき
2017年7月、私は、「国際結婚を考える会」の人たちと、「重国籍の子どもたちのための国籍法学習会」を開催しました。この学習会から派生したのが、「複数国籍学習会」です。学習会には国内外の当事者に加え、研究者、学生、弁護士なども参加しています。「研究会」ではなく「学習会」としたのは、国籍法の条文解釈にとどめず、それらがどのような場面で、どのような不都合を生じさせているのかという情報交換を通じて、相互に国籍のあり方について学ぶ場にしたかったからです。学習会で得た知識や情報をそれぞれが持ち帰って所属するグループの中で拡散し、必要に応じて協力し合う関係をつくりたいと考えました。知り合いの研究者から声掛けがあり、2018年5月に移民政策学会年次大会で「複数国籍の是非と『国籍のあり方』―国籍法と実態のギャップから」をテーマにミニシンポジウムを開催することができました。その成果は『移民政策研究11号』(2019年、明石書店)に掲載されています。
この他にも「蓮舫騒動」をきっかけにいくつかのグループが動き始めました。私が直接、あるいは間接的にかかわっているふたつの事例を紹介します。ひとつは、科学研究費助成金による佐々木てる教授(青森公立大学)を中心とする「重国籍制度および重国籍者に関する学際的研究」(2017年度~2019年度)です。このチームはインターネット調査によって、国民の過半数が、重国籍に寛容な志向を持っていることを明らかにしました。もうひとつは、関聡介弁護士らを中心とする「国籍問題研究会」です。2018年4月に「『二重国籍』と日本」をテーマにシンポジウムを開催し、その成果として『二重国籍と日本』(2019年10月、筑摩書房)を出版しました。さらにそのグループに参加している複数の弁護士は、外国人ローヤリングネットワーク(LNF)の年次総会に合わせて、今年5月にウェビナーによるシンポジウム「日本人と外国人の境界 ~グローバル化時代における日本の国籍法を考える」を開催しています。
小さな動きですが「国籍はく奪条項違憲訴訟」と並走する形で、国籍問題について日本社会への問いかけを続けています。国際社会で活躍したいと願う若い世代のために、より多くの方がたと協力し合い、変革の時期を早められるよう微力を尽くしたいと思います。
最後に「ジェンダーの視点から見る国籍制度」を受講した大学生のコメントを紹介します。170名近い受講者のほとんどが、これと同主旨のコメントを寄せてくれました。若い世代と日本政府の国籍法制に関する意識の隔たりは、放置できないほどに広がっています。
「日本政府が複数国籍の変革に踏み出せないのは、政治に疎い私たち若者の問題だと思う。私自身、今回のジェンダーの授業で、初めて複数国籍について知った。国籍法11条1項で「自分の意思で外国籍を取得すると有無を言わせず日本国籍を剥奪」という恐ろしい法が、まだ日本に残っているということにも驚いた。グローバル化する中で、国際結婚もこれからもっと増えるし、昔よりも海外に行きたい、住みたいと思う若者が増えていくと思う。こんな国籍法があっては、私たち若者が未来を切り開くことはできない。実際にその立場になって気づくのでは遅い。G7の中で、複数国籍を認めていないのは日本だけだ。選挙権を持った今、私たちができることとして、選挙に参加し、投票することが必要だと思った」(1年生・女性)。
複数国籍学習会世話人。新潟県生まれ。日本大学大学院総合社会情報研究科博士課程修了、博士(総合社会文化)。現在、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員、明星大学・東洋大学非常勤講師。
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